大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館地方裁判所 昭和33年(行)1号 判決

原告 八鍬林蔵

被告 函館市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「函館市松風町三番地木造亜鉛鍍金鋼板葺二階建店舖建坪十八坪二階坪十八坪の内十一坪二合七勺五才の部分につき、被告が昭和三十年七月二十九日付建営家第二二号指令を以てなした家賃認可処分が無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、昭和二十六年八月、訴外谷田照子、同水木テルの両名に対し、請求の趣旨記載の建物のうち階下の一部と二階六畳一間合計十一坪二合七勺五才(以下「本件賃貸部分」と略称する。)を飲食店用店舖として一ケ月金七千五百円の家賃にて賃貸した。然るに訴外人等は、その後にいたり、本件賃貸部分中二階六畳間を、右賃貸借契約に違反して、自己の居住用に使用するとともに、訴外水木テルにおいて被告に対し、本件賃貸部分が併用住宅であるとして家賃の減額申請をなし、被告は右申出に基き、原告に対し、速やかに本件賃貸部分につき地代家賃統制令に基く家賃の認可申請をなすべくこれを怠るにおいては体刑にも処せられるべき旨を通告して来たので、法規に暗い原告は、昭和三十年七月十二日、被告に対し本件賃貸部分についての家賃の認可申請を為すに至つたところ、被告は、右認可申請にもとづき、本件賃貸部分を地代家賃統制令の適用ある併用住宅なりとして、請求の趣旨記載の認可処分を為し、その統制家賃額を一ケ月金千二百九十八円と定めた。

二、しかしながら、右認可処分には後記のとおり重大かつ明白な瑕疵があるので、法律上当然無効のものである。即ち、

1、本件賃貸部分は一棟の建物の一部であつて、その余の部分は原告が使用しており右賃貸部分は原告との共用部分である階下廊下二階廊下階段によつて原告使用部分と通ずるようになつており、右二階六畳間には訴外水木が居住しているものではあるが、右水木に対してはその使用目的を飲食店営業用に定めて賃貸されたものであること前述のとおりであるから、たとえその後、賃借人においてほしいまゝにその一部を居住寝泊の用に供した事実があるからと云つて、地代家賃統制令にいう併用住宅になるものでないのに拘らず、本件賃貸部分中二階六畳一間は、水木テルが居住寝泊の用に使用している旨同人の一方的な申立のみに基き、何ら本件賃貸借契約の内容を調査することなく、本件賃貸部分を併用住宅と認定したうえ、その統制家賃月額を千二百九十八円とした被告の本件認可処分は、地代家賃統制令の解釈適用を誤り、その瑕疵は重大かつ明白である。

2、更に、前記二階六畳間は、昭和二十六年九月原告において新築完成したものであるから、賃借人たる前示訴外人等の使用状態のいかんに拘らず、地代家賃統制令の適用から除外さるべきであるにかかわらず、右事実関係を無視してこれに同令を適用した被告の本件認可処分は違法であり、その瑕疵は重大かつ明白である。

三、而して、右違法にして無効なる認可処分の存在する結果、訴外水木テルはこれを奇貨として、昭和三十年六月以降の約定家賃を支払わないばかりか、従来支払つた家賃中、金二十七万九千六百円は過払いとなるからとして、原告に対し、その返還をさえ要求している。

よつて、本件認可処分の無効確認を求めるため本訴に及んだ、と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一、原告の主張事実中、原告が訴外水木テルに本件家屋中賃貸部分を賃貸していること、右訴外人が被告に対し家賃減額申請をしたこと、被告が原告に家賃認可申請をなすよう促したこと、原告主張の日、原告の認可申請に基き被告がそのような認可処分をしたこと、本件家屋の構造がその主張のとおりであることは認めるがその余の事実はすべてこれを争う。以下述べる如く本件認可処分には何らの違法の点も存しないものである。

二、被告は、訴外水木テルからなされた家賃減額認可申請を、その前提となる原告の認可申請にもとずく指定家賃額が存しないことを理由に却下した後、昭和三十年七月十二日、原告に出頭を求めて、原告と訴外水木間の本件賃貸借契約について事情を聞いたところ、原告は、本件賃貸部分は、店舖部分については店舖として、間貸部分については間貸としてそれぞれ賃貸借を締結したものである旨申立てたので、被告としては北海道商工部に照会しその回答を得たうえで賃料の認可をするから原告から、まず、その認可申請をするように促し、原告もこのことを了承したが、その頃、被告は原告に対し、原告が速やかに家賃の認可申請をなすこと、もし右申請をしなければ、地代家賃統制令第十八条違反として体刑又は罰金に処する旨の規定があることをも附加して通告し、原告も間もなく認可申請書を提出するに至つた。かくして、原告の認可申請を受理した被告は、調査員をやつて現地及び賃貸借契約関係を調査したところ、さきに原告が申立てたとおり、階下は店舖、二階は貸間として使用されていたので、被告は、念のため、かゝる現状にある本件賃貸部分について地代家賃統制令の適用が有るかどうかを北海道商工部商工振興課長宛照会したところ、昭和二十五年七月十一日以前に建築された建物であつて地代家賃統制令施行規則第十一条第一号及び第二号の条件が二つとも同時に満たされていれば、使用部分が離れていても本件賃貸部分を併用住宅と認め、統制令の適用を受けるものと解釈する旨の回答があつたので、被告は原告主張のとおり昭和三十年七月二十九日付建営家第二二号指令をもつて、さきに原告からなされた家賃認可申請に対し、本件賃貸部分の家賃統制額を一ケ月金千二百九十八円とする旨認可処分をなした次第である。而して認可に際しては、建物使用の現在の使用状況によつて、これが統制令にいわゆる店舖であるか併用住宅であるかを判断すべきものであるから仮に原告主張のような事情があつたとしても、これによつて本件賃貸部分が併用住宅でないということはできないものである。

三、なお、本件賃貸部分中二階六畳間は新築したものではなく、原告主張の頃、旧来の店舖を増築したものに過ぎないから、増築前の部分と併せて地代家賃統制令の適用を受けるものである。

四、以上のような理由で、被告の本件認可処分は適法であると述べた。

(立証省略)

理由

原告が訴外水木テルに対し、本件賃貸部分を賃貸していること、被告が昭和三十年七月二十九日付建営家第二二号指令をもつて原告の認可申請にもとづき、本件賃貸部分がいわゆる併用住宅にあたるものとしてその家賃を一ケ月金千二百九十八円とする旨の認可処分をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。そこで原告は先づ本件賃貸部分は店舖であつて、いわゆる併用住宅ではないから、その家賃については地代家賃統制令の適用がない旨主張するので以下その当否について検討を加えることとする。地代家賃統制令第二十三条二頃但書、及び地代家賃統制令施行規則第十一条(昭和三十一年建設省令第二十四号による改正前のもの)によれば、建物又はその一部にいわゆる事業用部分を有する住宅で、(一)当該事業の用に供する部分の床面積が十坪を超えないこと、(二)当該住宅の借主が当該事業の事業主であることの各要件をみたすものは同令にいわゆる併用住宅に該当するものであるところ、本件賃貸部分である階下店舖と二階六畳間は一棟の建物の一部であり、本件家屋中その余の部分は原告が使用していること、右階下店舖及び二階六畳間は原告との共用部分である階下廊下、二階廊下階段によつて原告使用部分と通ずるようになつていること、訴外水木テルが本件認可処分当時二階六畳間に居住していたことはいずれも原告の自認するところであり、訴外水木テルが本件認可処分当時階下店舖において飲食店を営業していたことは原告も明らかにこれを争わないから自白したものと看做すべきである。而して以上のような事実を併せ考えれば本件賃貸部分は、その現況においては同令にいわゆる併用住宅にあたるものと認められるところ、原告は本件賃貸部分は当初店舖として賃貸したものであつて、その後において訴外水木テルが二階六畳間に居住するようになつたとしても、右は原告に無断で居住するに至つたものであるから、かかる契約における使用目的に違反した居住の事実によつていわゆる併用住宅となるものではないと主張するものであり、現況においてはいわゆる併用住宅としての要件をみたす家屋であつても、元来店舖として使用する目的で賃貸されたものであつて、その一部の住居としての使用が明らかに賃貸借契約に違反してなされているような場合にはこれを併用住宅と認むべからざることは原告主張のとおりであると解せられる。けだし、地代家賃統制令が、現在の住宅事情に鑑み、家賃の額に統制を設け、国民生活の安定を図ることの必要を認めた反面において店舖等営業用家屋の賃貸借についてはその適用を排除し、国又は都道府県が貸主である場合と同様に、当事者の自主的規制に委ねることとしているのは、このような場合には家屋の賃借それ自体が営業による収益を目的とする行為の一部とも考えることができ、契約内容の決定を当事者の自治に委ねても契約的正義を損われる惧れがないものと判断されることもその主要なる理由の一班をなすものと解せられ、従つて一旦店舖として賃貸された家屋を賃借人が無断で使用目的を変更し、住居として使用をはじめ、賃貸人がこれを承認したものと認められるような事跡の存しない場合にも同令の適用を受けるに至るとすることは右に述べた契約的正義を損うこととなり、場合によつては契約解除の原因ともなり得る賃借人の恣意を不当に保護する結果を招くことになるからである(右の点に関する被告の見解にはにわかに賛同し難い)。然しながら成立に争いのない甲第一、二号証、同第六号証によれば、原告は昭和二十六年八月頃家賃を一ケ月金七千五百円と定めて本件賃貸部分を一体として飲食店営業に使用する目的で訴外水木テルに賃貸したものであり、右二階六畳間も元来原告の子供用の部屋にあてるため増築されたものであつたが、右水木の要望をいれて階下で客が収容し切れない場合には客室としてこれを使用し、又女中が帰宅できないような場合にはここで寝泊りする等の目的のために右水木の営業場所の一部として賃貸したものであつて、これを右水木の居住の用に供するため賃貸したものではないことが認められるから、訴外水木テルの居住は一応当初の契約における使用目的に反するものというべきであるが、他方亦前顕甲第一、二号証、同第六号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、訴外水木テルは昭和二十六年九月頃から階下において飲食店の経営をはじめ、二階六畳間は専ら営業上の客室として使用し、自らも他の住居から通勤しこれに宿泊することはなかつたが、同年十月頃に至り原告に無断で家財道具類を搬入して二階六畳間に居住するようになり、更に翌昭和二十七年中には右水木は訴外佐藤某と同居するようになつて、二階六畳間は専ら住居として使用するに至り、現在に至つていること、原告は右水木の家財道具搬入に際し、居住するのは約束と違うから困る旨を述べたが、それ以上には強く反対もしなかつたことが認められるのであつて(甲第一号証中右認定に反する部分は措信しない)、而も前記認定のように原告と訴外水木テルとは同一家屋内に居住していたにも拘らず、右水木が約定の一ケ月金七千五百円の家賃を支払つて来た昭和三十年六月に至るまで(成立に争いのない甲第八号証によれば、昭和三十年六月分まで右約定家賃の支払がなされていることが認められる。)原告は右水木の居住に対し格別異議を述べたようなことはこれを認めるに足る証拠はないのであつて、以上認定のような諸事情に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告は約定の賃料の支払さえなされれば右水木の居住それ自体には強いて反対ではなかつたのであつて、少くとも本件認可処分当時においてこれを暗黙のうちに承認していたものと認めるのが相当である。しからば、訴外水木テルの住居としての使用が当初の契約の使用目的に反するものであつても、爾後賃貸人たる原告においてこれを承認したものと認むべきものである以上、右居住の事実を以て契約に定める使用目的に違反したものということはできないから結局原告の右主張はその理由なきものといわなければならない。

なお原告は、本件賃貸部分のうち二階六畳間は昭和二十六年七月新築したもので右統制令の適用を排除さるべき旨主張するけれども、同部分が新築家屋と認めるに足る証拠はなく、前顕甲第一、二号証によるも単なる増改築の範囲を出でないものと認めるを相当とするから、原告の右主張もその理由がない。

以上において認定のとおりであるから、被告のなした本件認可処分は正当であつて、何ら原告主張のような瑕疵は存在しないものといわなければならないが、仮に原告主張のように本件賃貸部分は併用住宅と認めるべきものではなく、従つて本件認可処分には違法に右統制令を適用して瑕疵があるものと解すべきとしても、前記認定のように本件賃貸部分は併用住宅としての現況にあるものであり、而もその動機の点はとも角として原告は併用住宅としての家賃の認可申請をなしているのであつて、而も成立に争いのない甲第七号証によれば、被告は右申請に基き本件賃貸部分を調査した上、本件認可処分をなしたものであることが認められる(右調査の際、原告が本訴で無効理由として主張しているような事実を告げたようなことはこれを認めるに足る証拠はない。)のであつて、以上のような事情のもとにおいては前記瑕疵は本件認可処分を法律上当然に無効ならしめる程の重大かつ明白なる瑕疵とは到底解することはできない。

以上のとおりであつて、いずれにせよ本件認可処分が無効であるとは認められないのであるから、右認可処分の無効確認を求める原告の本訴請求は失当たるを免れない。

よつて、原告の本訴請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一 佐々木史朗 井野三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例